光量子計・葉緑素計・デンドロメーター・レーザー測高計・レラスコープ・生長錐・樹液流動センサ・テンシオメータ・土壌硬度・貫入計・水ポテンシャル・ピカス・レジストグラフ  by mimoletti | ttij
霊園にて
2009年10月11日(日) 12:35

伝染病のドイツ人を救った肥沼信次 Koenuma Nobutsugu
Born 1908/10/09 at Hachioji City
Medical Doctor
Professor of University of Berlin
Radiology
Saved lots of Lives
As Haed of Central Hospital Wrizen
Pass away by Tiphus 1946/03/08
Wrizen Germany







霊園で考えたこと










MtFujiTakaoTown91011am
Mt. Fuji and Mt. Takao
2009/10/11




MtFuji91011MidoriCemetery
Mt. Fuji 3,776 m
Midori Cyo Cemetery
Hachioji City
2009/10/11



カーテンを開けると

高尾山越しの

富士山の頂が白い。

緑町市営霊園までペダルこぎ

残り少ない富士山観察スポット

直入院の庭に案内板。




ドイツで伝染病患者を救った

医学者の墓碑が園内にある。





八王子市出身の医学者

肥沼信次墓碑の前で

富士山を眺めながら

考えたこと・・・




教育委員会の案内板を参考に

肥沼氏の業績をたどってみた。




医学博士肥沼信次
1908年10月9日
外科医肥沼梅三郎の子息
として八王子市中町に生まれる。
府立二中(立川高校)から
日本医科大学に進み
東京帝国大学医学部
放射線医学研究室を経て
1937年ベルリン大学医学部留学
正教授就任
第二次世界大戦後もドイツに
とどまりポーランド国境の
ヴリーツェンの
伝染病センター所長として
チフス治療に活躍
昭和20年1946/03/08
チフスで病没(37歳)
ヴリーツェン市名誉市民





そうかそうだったのか




くわしくは


検索→肥沼信次こえぬまのぶつぐ



自らを犠牲にして多くのドイツ人

伝染病患者を救った事実を

記憶にとどめたい。



歴史教科書に必須の事実。

自虐傾向の日本人に勇気と自信を

与える業績である。

1996年没後60周年記念行事が

ヴリーツェン市で行われた。

2000年ヴリーツェン市営墓地に記念碑建



"German city markes Japanese

doctor's 1946 th death"


(The Japan Times 2006/03/16)



世界で活躍し感謝されている

日本人もいるのだ。

後に続く若者はいないのか?

マスメディアは世界に

もっとアピールしてよ。





















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